主の道を行く者の宿命
記されているその者の負う宿命はその時まで無職である。
シラ10:26 仕事をするとき、理屈をこねるな。 困っているとき、見栄を張るな。
(このまま)
※主に与えられた仕事をするときは理屈をこねることは許されない。
困っているとき、見栄を張るな。
実際に、困窮している立場なので、見栄を張ることもおかしい。
シラ10:27 働いて、すべてに満ち足りている人の方が、 パンを得る手だてを持たず、 見栄を張って生きる人にまさる。
(このまま)
※要するにその人物は、仕事がなく、食べる手立てが何もない状況である。
見栄を張ったところで、己がみじめになるだけである。
シラ10:28 子よ、慎み深く、自らに誇りを持ち、 自分を、あるがままに、正しく評価せよ。
(このまま)
※記されてあるその意味に気が付き、その意味を痛感すると、あるがままに己を表現し、その意味を正しく評価しなくてはいけない。
シラ10:29 自分自身を汚す者を、 だれが正しい人と認めてくれるだろうか。 自分自身を軽んじる者を、 だれが重んじてくれるだろうか。
(このまま)
※自分自身を汚す者を、 だれが正しい人と認めてくれるだろうか。 自分自身を軽んじる者を、 だれが重んじてくれるだろうか。
※その意味を知らずに、当初は軽んじるばかりで苦痛が伴うことだった。
己の立場をよく考えて、記された意味に従わなくてはいけない。
それが主の定められた、主の道である。
シラ10:30 貧しい人は、その知識によって尊ばれ、 金持ちは、その富によって尊ばれる。
(このまま)
※貧しい人は、その知識によって尊ばれ、 金持ちは、その富によって尊ばれる。
シラ11:12 のろまで、助けを必要とし、 何もできず、貧しさにあえいでいる人もいる。 しかし、主は、彼に目を注いで恵みを与え、 惨めな状態から引き上げ、
(このまま)
※のろまで、助けを必要とし、 何もできず、貧しさにあえいでいる人もいる。
要するに、おかれた立場はシラ書の10章にある通り、仕事にはつけない状況を与えられ、苦汁の日々の中で、己が罪を犯さぬように、精神の修業を積んできた。
しかし、主は、彼に目を注いで恵みを与え、 惨めな状態から引き上げ、
そのみじめな状況から、神が引き上げて、その地位を与えられる。
シラ11:13 高めてくださった。 そこで、多くの人々は彼を見て非常に驚いた。
(このまま)
※主のお計らいで、その人物でこそ、驚くくらい、高めてくださった。
そこで、多くの人々は彼を見て非常に驚いた。
要するに、その時が来るまで、その意味のことはみじんも感じさせていないこと。もしくはその意味を信じていない者が多いことである。
信じられないほど、惨めな状況下にいること。
パンを得る手立てがないという言葉、食べ物を得る仕事から遠ざかっている状態になる。
なぜか、その言葉を語るゆえに本物であれば、無職の道を歩まざる負えないのである。
1:27それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
1:28有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。
ただ、隠された言葉(エズラ第二)でこう記されている事実がある。
その苦しい道を歩まないと、その意味はあり得ないのである。
7:61されば信ぜし人々の救のために喜椀あるに似ず、彼等の滅亡を悲む者なかるべし。』
7:62我答へていふ『主よ我知る。いと高き者は未だ世に來らぬ者を憐み給ふが故に憐深きものと呼ばれ、
7:63その律法に心を向くる者に慈悲を示すが故に慈悲深き者と呼ばれ、
7:64その造り給へる者罪を犯すともこれを忍び給へば、忍耐強きものと呼ばれ、
7:65奪ふよりも與ふる者なれば、與ふる者と呼ばれ、
7:66又今在る者、過ぎ去れる者、及び來らんとする者に憐憫を增し加へ給へば、憐憫大なる者と呼ばれ給ふ。
7:67(そは彼、その恩惠を增し加へ給はざりしならば、此の世も、この世に住む者も、生命を保つ事能はざりしならん。)
7:68又彼は赦す者と呼ばれ給ふ。そは彼、罪を犯すもののその罪を離れんがために、その慈悲をもて彼等を赦し給はざりしならば、世の人の千分の一も、生き殘ること能はざりしならん。
7:69又彼は審判主と呼ばれ給ふ。彼その御言によりて造られし者を赦し、彼等の罪を取り消し給はざりしならば、
7:70恐らくは、大なる群の中より甚しく少き數殘るに過ぎざりしならん。』
※もともと、主を見るものは聖書の記述ではたった一人のみで、それの宿命が己をひどく落としている状況。
その歩むべき道は到底、普通の人間では耐えることのできない状況だが、その宿命を知り,己の人生を歩むものがある。
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